ボククボのくよくよ日記

ボククボがくよくよしながら日々ちょっとずつ成長していく記録

人はなぜ物語を創り、欲するのか

今日まで、小説、漫画、映画やアニメなど色々な「物語」を紹介してきました。ここで書きたいことが山ほどあるなか、なぜぼくは一生懸命そんなことをしてきたのか。物語なんてただの娯楽じゃないか、と思う人もいるかもしれません。

でもぼくには、「物語をただの娯楽で終わらせたくない」という強い想いがあるのです。物語には人を変える力があると思っています。今日は、そんな話をしたいと思います。

 

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物語の力

世の中には、人が創った無数の物語があります。希望や勇気を与えるものから、ただ笑えるもの、そしてひたすら考えさせられるものや、時には絶望を与えるものまであります。そうした物語に触れた時、皆さんはどうするでしょうか?

その時はきっとその世界に没入し、心が動くのでしょう。しかし、その物語から離れ日常に戻ったあとも、その物語を心の中に残し、日常生活に活かそうとしている人はどのくらいいるでしょうか。

たとえば、有名どころを挙げると、ONE PIECEという漫画がありますね。海賊王を目指す主人公の話です。

 

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これを読んで、「自分も『海賊王になる』くらいのでかい夢を持とう」とか思える人って、どのくらいいるのだろうかと思うのです。

大抵の人は、この物語の世界にワクワクし、「主人公かっこいいな」と思いながら、しかし現実では夢のない日々を送っているのではないでしょうか。大きな夢を目指そうなどとは露ほども思っていない人が大半なのではないでしょうか。

もしそうだとすると、おそらくそれは、「物語と現実を完全に切り離して考えているから」だと思うのです。

大きな夢を持ちたいなと思い、その時ONE PIECEのルフィの生き様を思い出しても、「いやいや、あれは架空の物語だから。現実はそんな甘くないから」と、切り捨ててしまうのです。でも、それってすごくもったいなくないでしょうか?ぼくは、そうやって切り捨ててしまうなら、物語を読む意味がないとさえ思うのです。

 

確かに、物語と現実の世界は違います。現実の世界では海賊王なんて職業はないし、ゴム人間になれるような不思議な力は得られないし、敵を暴力で倒せば夢に向かって突き進めると言うこともないし、そもそも敵なんていません。良い人が負けて悪い人がのさばるし、人は死ぬし、冒険なんかなく、目の前にはつまらない勉強やキツい仕事があるだけです。全然違います。

 

でも、だからといって「ONE PIECEなんて所詮物語だから」と切って捨ててしまったら、その作者は何の為に必死でこの物語を書いているのでしょうか。毎日命を削りながら、困難に立ち向かう主人公をなぜ書くのでしょうか。

ONE PIECEの作者は、「この漫画が暇つぶしや友達づくりのきっかけになれば」と言っていますが、でもやっぱり、何かを「伝えたい」という想いがあるのではないでしょうか。

例えば、同じく少年ジャンプの漫画、「銀魂」の作者はこんなことを言っています。

 

「ぼくの作品を読んだ誰かが前を向く様な物語にしないと、描く意味がないじゃないですか。歯を食いしばって描く意味が」

 

物語を創っている人というのは、大なり小なりこのような想いがあるのではないかと思うのです。つまり一言で言えば、「願いよ届け」と。

そうした物語に込められた「願い」を、ぼくは受けとめ、何らかの形で自分の人生に活かしたいなと思っています。

振り返ってみれば、これまで紹介して来た作品のどれもにぼくは強く影響を受けています。

 

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演劇「満月」で深く悩み、

 

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小説「SOSの猿」でその悩みから救われ、将来の夢を決めました。

 

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ガッシュの言う“優しい王様”に近い存在になりたいと思っていますし、

 

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ショーシャンクの空に」のアンディのように「現状を楽しむ努力」をするように心がけているし、

 

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女王の教室」の神田和美や「雪の女王」のゲルダのように「純粋な気持ち」を忘れないようにしています。

 

これらの物語は、常にぼくの心の中に深く残っています。

もちろん、いつでもこの物語を思い出して頑張れるわけではありません。世にあるどんな物語も救ってくれないような状況はたくさんあります。

たとえばぼくだって、受験勉強の時はいくら希望を持ったって目の前には難解な問題と治らない体調不良が頑然と立ちはだかっていました。いくらONE PIECEを読んだって「ルフィは受験勉強しなくていいんだからいいよな。ぼくだってクロコダイルとの死闘だったら頑張れるのに」とかそんな風にしか思えませんでした。ぼくに必要なものは勇気でも希望でもなく、偏差値とか薬とか、そういう実利的なものだったのです。

 

でも、それでも。それでも物語には力があるのだと信じたいのです。「所詮物語だよね」と言って切り捨てるのではなく、「あの物語のあのキャラクターも頑張ったのだから自分も頑張ろう」と思いたいのです。たぶんみんなそう思いたいから、これだけ世の中には物語があるし、人はそれを欲するのではないでしょうか。
(受験勉強の時に物語が役に立たなかったのは、おそらく読むべき物語のチョイスを間違えていたからです。ONE PIECEではなくドラゴン桜とかを読めば良かったのかもしれません。)

 

別に、ONE PIECEを読んだ人はみんなでかい夢を持たなければならないと言いたいのではありません。ただできれば、今まで触れて来た膨大な物語のほんの一部でもいいから、自分が共感できる人物や台詞を、自分の心の中に落とし込み、糧にする。

 

ONE PIECEの例で言えば、現実で海賊王を目指すことはできなくとも、ルフィのように信念を持って生きようと心がけることはできますし、ポジティブな生き方を真似してみることもできるでしょう。
そうしたことができるかどうかで、人生は全く違ったものになると思うのです。そしてそれは物語それ自体の素晴らしさではなく、読み手(自分)の姿勢にかかっており、それができた時、物語は初めて真価を発揮するのだと思います。

 

現実は複雑で、つまらなくて、勧善懲悪にはならないし、人はなかなか変わりません。そんな都合よくいかないし、バッドエンドだってたくさんあります。

それでも、辛い時に物語を信じ、どこかの主人公に背中を押してもらう。ぼくはそんな生き方をしていきたいなと思います。